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名古屋地方裁判所 昭和54年(む)89号 決定 1979年3月30日

主文

一、司法警察員池場正廣が、土屋重則方居室で、別紙物件目録記載の物件についてなした押収処分を取消す。右司法警察員は右物件を土屋重則に返還すること。

二、申立人のその余の準抗告の申立を棄却する。

理由

一本件準抗告申立の趣旨及び理由<省略>

二一件記録によると、昭和五四年一月二七日午後零時二〇分から同一時二五分まで、司法警察員池場正廣は、名古屋市西区枇杷島通二丁目二七番地第二桜井荘二〇号室土屋重則方居室で、京都地方裁判所裁判官千葉勝美が発した捜索差押許可状に基づき、別紙物件目録記載の物件を押収したこと、右許可状には、被疑者山田契二に対する爆発物取締罰則第三条違反被疑事件につき、「名古屋市西区枇杷島通二丁目二七第二桜井荘二〇号室土屋重則の居室」を捜索し、

「本件に関係ある

一、爆発物の組成物に供する

(一)  雷管・導火線・煙火など火工品

(二)  塩素酸ナトリウム・塩素酸ナトリウムを主剤とする除草剤・塩素酸カリウム・アルミニユーム粉末・硫黄・砂糖・赤リン・黄血塩などの手製爆発物の成分となる薬品類

(三)  乾電池・バツテリースナツプ・電池ホルダー・単線・ビニール被覆線・ガスヒーター・豆電球・豆ソケツト・ニクロム線・タイムスイツチ・トラベルウオツチ・小型目覚し時計等で起爆装置として使用するもの

(四)  消火器・ブリキ缶・粉ミルク缶・弁当箱・ワツクス缶・紅茶缶・湯タンポ・アタツシユケース・石油ストーブ用タンク・シヤーシ・金属ケース・ポリタンク・ガラスびん等の爆発物の容器類及びその付属品

(五)  針・針金・銅線・鉄線・銅板・鉄板・アルミ板・パテ・粘土・ペイント・セメント・接着剤・包装紙・ポリエチレン袋・書類箱及びその紙片・ダンボール紙・新聞紙・ビニール紐・ガムテープ・両面テープ・接着テープ等爆発容器の補強及び外装に使用するもの

二、爆発物製造の用に供する

(一)  硫酸・シンナー・ベンジン・アルコールなどの薬品類

(二)  天びん・シヤーレ・フラスコ・計量皿・試験管・乳鉢・乳棒・非金属性の容器・スプーン・コルク栓・ガストーチ・ガスバーナー・ドリル・ネジ切機・旋盤・フライス盤・ドライバー・電気ゴテ・ハンダ・ペースト・ペンチ・ニツパー・プライヤー・パイプレンチ・金槌・万力・ヤツトコ・ピンセツト等の工具類

三、爆弾製造に関する

「バラの詩」「ゲリラ戦教程」「栄養分析表」「新しいビタミン療法」「腹々時計」等の教本及びこれに関する写し書き、メモ類・原稿

四、組織図・活動方針・犯行計画・会議録・名簿・地図等の文書類

五、声明文・通信文・連絡文・指令・指示・通達・機関紙誌・ビラ・パンフレツト及び原稿・メモ・写真帳

六、金銭出納帳・小切手・伝票・領収書・納品書

七、住所録・私製電話帳・卓上日記・日記・カレンダー・スクラツプ帳・新聞紙・便箋・封筒及びメモ類

八、本件の思想的背景に関係ありと認められる書類」

を差押えることを許可する旨が記載されていること、右許可状発付の前提となつた被疑者山田契二に対する被疑事実の要旨は、「被疑者は、治安を妨げ、かつ人の身体・財産を害する目的をもつて、昭和五四年一月二四日午前五時ころ、京都市下京区新町通り塩小路上る東塩小路町七二七番地の五協同組合新町会館五階五〇二号室において、明治ココアフアミリーナ空缶一個に、塩素酸塩系薬品を主薬とした混合爆薬を詰め、これに時限装置などを取付けた小型手製爆弾を製造・所持し、もつて、爆発物を製造し、所持した」というものであることが認められる。

三さて、本件押収物は、本件許可状第八項の「本件の思想的背景に関係ありと認められる書籍」に該当するものとして押収されたことが明らかであり、右押収物が他の第一ないし第七項に該当するものとして押収することができるものとは認められない。

ところで、憲法第一九条は、思想(良心)の自由を保障するが、これは思想の自由を人格活動の根源となる精神活動の自由であると把握し、それ自体として外部的規制に親しまないとの前提に立ち、個人がある思想を形成、保持しているが故に、国家機関等により処罰されたり、不利益な取扱を受けたりなどしないことを保障したものと解される。したがつて、刑事々件の捜査において、とりわけ捜索差押許可状等による強制捜査の方法を用いて、その所持する書籍等から被疑者もしくは第三者の思想を推断、究明すること自体か許されるかについて、まず、憲法上疑問が存するうえ、仮に右が犯行の動機、組織関係、共犯関係など罪体、情状面での解明、立証のため、必要、相当な限度で許されるとしても、被疑者もしくは第三者にとつては、思想を推断、究明されることにより、いわば不可侵といえる個人の精神活動に踏み込まれることとなり、ひいては、ある思想の故に処罰され、或いは、不利益に取扱われるおそれは非常に大きいから憲法第一九条の趣旨に則り、右必要性ないし相当性の判断はより慎重、厳格になさるべきである。

四しかして、捜索差押許可状発付に際して、個人の私生活の平穏ないしプライバシー(及び財産権)を保障することとの関連で、捜査官の行使しうる権限の範囲を明らかにして、その権限の濫用を防止し、且つ、右許可状によつて捜索差押を受ける者に対して、当該捜索差押の適法性ないし当否を知り、これを争う機会を与えるために、差押目的物の特定が要求されることは、憲法第三五条、刑事訴訟法第二一九条に徴しても明らかであり、さらに、本件許可状第八項は、「思想的背景」ということを記載し、個人の思想を推断、究明することに連なるものであるから、思想の自由を保障することとの関連においても、右同様の目的で捜索差押の目的物の特定が要請されることは、前記三で説示したところから明白である。

そこで、右第八項の特定について見るに、その「思想的背景」というのが、爆発物の製造、所持を容認、使嗾、煽動するたぐいのものを、指すのか、或いは、右の思想を形成するのに影響を与えた世界観、人生観、宗教観、イデオロギー等のたぐいを指すのか不分明であるうえ、そのいずれであるにせよ、第八項の「本件の思想的背景に関係ありと認められる書籍」なる記載は、他の第一ないし第七項の記載及び被疑事実の記載を併わせて考慮しても、なお無限定、概括的にすぎ、前記捜索差押目的物特定の要請の趣旨にそぐわず、捜索差押の目的物を特定する表示として不十分のそしりを免れない。

五のみならず、一件記録によると、本件押収物は、被疑者以外の第三者である申立人の所持する公刊の書籍であり、且つ、その内容において前記爆発物の製造、所持を容認、使嗾、煽動するたぐいの思想を表現しておらず、しかも、被疑者の思想的背景の解明というより、むしろ、申立人の思想的背景解明のために押収されたことが窺われるから、前記三の観点より、押収物と被疑事実との関連性及び押収の必要性の判断についても、格別慎重であることが必要とされる本件においては、たとえ捜査機関が土屋重則を被疑事実につき被疑者の共犯として捜査していたとしても(本件許可状に添付された被疑事実には被疑者が他の者と共謀の上なした旨の記載はない)、本件押収物が、被疑者の犯意の形成、或いは、共犯関係の解明につき、いかほど役に立つものか疑わしいといわざるを得ず、本件押収物の被疑事実との関連性は薄弱で、押収の必要性も肯認できない。

六次に、申立人は、本件捜索差押に際し、捜査機関が申立人方居室を写真撮影したのは、何らの法的根拠にも基づかず、違法である旨主張するので、以下、検討することにする。

一件記録によると、昭和五四年一月二七日、申立人方居室が捜索された際、愛知県警察本部警備部警備課司法警察員戸塚正毅が、申立人方居室のある桜井荘の外観、桜井荘内に設置してある郵便受付近の状況、申立人方居室の窓ガラスを取り外す状況、同居室内の状況、申立人に令状を示している状況、押収物件の発見状況、取り外したガラス戸をはめた状況などを写真撮影(白黒三六枚撮りフイルム一本)したことが認められる。

そこで、一般に、捜索差押に際し写真撮影が許されるか否かを考察するに、捜索差押は、一定の場所について物(又は人)を発見し、その占有を取得して、犯罪を証明するための物的証拠を収集する強制処分であるところ、証拠物の証拠価値は、その存在した場所、発見された状態によつて、影響を受けることがあるから、証拠物を差押えるにあたり、その証拠価値をそのまま保存するために、証拠物をその発見された場所、発見された状態とともに写真撮影することは、捜索差押に当然附随する処分として許容されよう。

また、刑事訴訟法は、捜索差押が個人の権利に直接影響を及ぼし、特に、犯罪に関与していない第三者に対しては、その度合も大きいところから、人権保障の趣旨にのつとり、その実施に際しての詳細な手続規定(二二一条、一一〇条以下)を設け、捜査機関にその遵守を要求しているところから、捜査機関が、捜索差押後にその手続が争われることを予想して、捜索差押手続の適法性を証拠づける目的で、その執行状況を写真撮影することは、捜査機関にとり、その必要性が大きいこととともに、強制処分たる捜索差押には、捜索差押に必要な範囲で捜索差押を受ける者のプライバシーの侵害が一応予定されているということに鑑み、許容されるところであろう。

しかしながら、右の場合と異なり、捜索場所をくまなく撮影したり、許可状に記載されていない物件やその内容を撮影することは、写真撮影が被写体の形状・内容とともに、捜索差押を受ける者に対するプライバシー侵害の状態を半永続的に残すということにより、捜索差押を受ける側の不利益を著しく増大せしめ、また、許可状に記載されていない物件、すなわち、捜索差押の目的物とされていない物件をも捜索差押したのと実質的に異ならない結果をもたらすこととなり、令状主義の精神に反するおそれもある。

したがつて、右のような写真撮影は、捜索差押に必要な範囲を越えるものとして、許されないというべきである(そして、写真撮影の違法性の程度いかんによつては、捜索差押そのものが違法を来たし、準抗告裁判所としては、押収処分を取消すと同時に、さらに必要な場合には、写真のネガ等の廃棄もしくは返還を命ずることができるであろう)。

本件においては、前記認定のとおり、捜索差押を開始するにあたつての状況、開始時の状況、捜索の状況、令状提示の状況、押収物件の発見状況など、捜索差押において許される範囲内で、写真撮影したことが明らかであつて、何ら違法のかどはない。

七よつて、本件押収物の押収は、前記三ないし五のとおり、違法であるから、申立人のその余の主張を判断するまでもなく、この部分についての準抗告の申立は、理由があるので、本件押収処分を取消すことにし、その余の申立は、前記六のとおり、理由がないから、これを棄却することとし、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一、二項により、主文のとおり決定する。

(吉田誠吾 油田弘佑 東尾龍一)

物件目録

書籍「原初の闇へ」  著者 松永伍一(但し、株式会社 春秋社 昭和五二年九月三〇日発行の増補版第一刷)

準抗告申立書<省略>

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